念仏は道理を尽くして説かれた完全な法であり、諸善は理を尽くさない不完全な説

隣のエリアを回っている女の子がまた泣いていました。どうやら、前日・前々日にそこを回っていた奴が力量のないドライバーで、そいつが未配をやらかした荷物を持って行ったところ、客が激怒してきたとのことです。彼女は悪くないのに、実にかわいそうなことです。自分も空いた時間を使ってヘルプに入っているのですが、またしても彼女の涙を見てしまいました。悪いのは未配こいたドライバーであり、このくそ忙しい時にお構いなしに注文しては指定日に荷物が来ないとブチ切れる客なのですが、何とも後味が悪いです。隣を回っている女の子一人助けられないとは、人間の慈悲は実に不完全であることをつくづく思い知らされます。


この不完全ということで思い出されたのが、「行文類」

埋尽非理尽対、念仏は道理を尽くして説かれた完全な法であり、諸善は理を尽くさない不完全な説にすぎない。

です。普通は、諸善の説の方が道理にかなった法であるかのように思えます。釈尊も廃悪修善の道理に従って悪を廃し、善を修めて仏のさとりまで到達された方でありましょう。そして経典の大部分ではそれぞれの機に応じて善を勧められています。であるのに、その善は理を尽くさない不完全な法であると退け、念仏こそ道理を尽くして説かれた完全な法であるとは、聖道門の方々は勿論、一般の人々には到底理解し難いものがあるでしょう。

念仏の法は、阿弥陀仏がかつて法蔵菩薩であった時、普く一切衆生を平等に救おうと発願し、五劫の間思惟し、兆載永劫に亘って御修行を重ねられて完成なされた法門です。阿弥陀仏の五劫永劫の願行は、南無阿弥陀仏となって十方世界に響き渡り、届かない処はありません。私としては、只今、この場で、南無阿弥陀仏の六字のいわれ、すなわち「我にまかせよ、必ず助けるぞ」の仰せを、自分の計らいや詮索を交えずに、そのまま、素直にお聞きし、お受けするのみです。それで、私の往生の業事は成弁し、間違いなく仏に成る身と定まるのですから、まことに我が根機にかなった、何ともたのもしい、完全な法であると言わざるを得ません。

対して諸善の法は、自業自得の道理に従って、悪を廃し、仏に成るだけの善行を積んでいかなければなりません。言葉だけなら廃悪修善と簡単ですが、煩悩具足の人間が、世俗の世界に生きてある限り行を発し道を修することは極めて困難です。加えて仏に成るには三祇百大劫と言って気の遠くなる長期間の修行が必要なのですから、極めて優れた素質をもった者でなければ到達することはできない、非常に厳しい難行道です。龍樹菩薩や天親菩薩といった方々でさえ念仏の法に帰依されたというのに、末代不善の我々は誰一人助かりはしないでしょう。道理としてはよくても、行を修める我々の根機という点から見て、諸善の法は不完全であります。

このように思われた時、前も挙げましたが『歎異抄』第四条

一 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏に成りて、大慈大悲心をもつて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。 しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと[云々]。

慈悲について、聖道門と浄土門とでは違いがあります。聖道門の慈悲とは、すべてのものをあわれみ、いとおしみ、はぐくむことですが、しかし思いのままに救いとげることは、きわめて難しいことです。一方、浄土門の慈悲とは、念仏して速やかに仏となり、その大いなる慈悲の心で、思いのままにすべてのものを救うことをいうのです。この世に生きている間は、どれほどかわいそうだ、気の毒だと思っても、思いのままに救うことはできないのだから、このような慈悲は完全なものではありません。ですから、ただ念仏することだけが本当に徹底した大いなる慈悲の心なのです。このように聖人は仰せになりました。

がその通りその通りと思われたのでした。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

とは言え、この世の慈悲、人間の慈悲もやはり必要です。今日も何とか彼女の助けになるべく駆けつけてやりたいです。本当に頑張っている真面目な子なのでこんな所で潰すわけにはいきません。今日も界王拳で行くぞー!!
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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