親鸞会会員の誤解―親鸞会でしか真実は説かれていない(2)

この記事でも書きましたが、会員の皆さんは一部の情報を正しいと思うことをもって、

親鸞会でしか真実は説かれていない

と早合点し、そのように思い込んでいるのだと推察されます。

先日の親鸞会降誕会では『白骨の章』を通して、無常、真実の自己についての話があったようですが、

・人間の浮生なる相
・まぼろしのごとくなる一期
・一生過ぎやすし
・われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず
・朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身
・ただ白骨のみぞのこれり
・老少不定のさかひ


というような人間のはかなさ、この世の無常を「確実な事実」だと思えることをもって、親鸞会教義全体が正しい、親鸞会でしか真実は説かれていないと思い込んでいると考えられます。確かに、人間のはかなさ、命の短さ、この世の無常といった部分に関しては否定できることは一つもありませんが、だから「高森先生の仰ることは全て正しい」と言えるのでしょうか?

・死は他人事であり、自分事と全く思っていない
・「人や先、人や先」としか思っていない
・明日死ぬとは全く思っていない
・いつかは死なねばならないとは思うが、腹底は永遠に死なないと思っている

まぁいつものようにこのような内容を話していたということなのですが、「こう思っていると言い当てられた」から「高森先生の仰ることは全て正しい」ですか?

また、度々親鸞会で出てくる『御文章』

それおもんみれば、人間はただ電光朝露の夢幻のあひだのたのしみぞかし。たとひまた栄華栄耀にふけりて、おもふさまのことなりといふとも、それはただ五十年乃至百年のうちのことなり。もしただいまも無常の風きたりてさそひなば、いかなる病苦にあひてかむなしくなりなんや。まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身にはひとつもあひそふことあるべからず。されば死出の山路のすゑ、三塗の大河をばただひとりこそゆきなんずれ。(1帖目11通)

のお言葉を挙げて、

・人間は稲妻の光や朝露が一瞬にして消えゆくような夢幻の間の楽しみである
・栄華をきわめ栄耀にふけって、人生が自分の思うがままであるとしても、それはせいぜい50年100年のこと
・もし只今にも無常の風がやって来たなら、どんな病気や苦しみに遭って死ぬか分からない
・死んでゆく時はかねて当てにし頼りにしていたものは、何一つ自分にはついてこない
・妻も子供も、必死にかき集めた金も名誉も地位も、全て我が身から離れてゆく
・全てに裏切られて、たった一人で死んでいかねばならない

などと高森会長や会員はよく話しますね。このように説くことで、高森会長を始め親鸞会の人間(上層部)は「妻子や財宝などの世間事には執着していない」と思っている会員さんも多いのではないかと思います。しかし、「このように言い当てられた」から「高森先生の仰ることは全て正しい」ですか? 高森会長らは世間事に執着していないという証拠になりますか?

度々挙げるお言葉と言えば『歎異抄』後序が思い浮かびますが、

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに

の部分が真実だと思える、だから「高森先生の仰ることは全て正しい」と会員の皆さんは結論付けている感があります。しかし、こうした世の中の無常を説いていることが、イコール親鸞会教義全体が正しいという証拠になるでしょうか?


ところで会員の皆さんの中には、無常や罪悪等もそうだが「高森先生はいつも親鸞聖人、蓮如上人のお言葉を出して話をしている。だから正しい」と信じている方もあるかも知れません。しかし、そのお言葉は本当に高森会長の解釈で正しいのか検証したことはありますか? 前後の文章とのつながりは? 他の根拠との整合性は? ただ「高森先生が仰るのだから」と右へ倣えではありませんか?

また、「高森先生は倒れても倒れても立ち上がり、声が出なくなっても何とか壇上でお話しされている。私達の後生を案じ、仏恩報謝の気持ちがなければとてもできないことだ。だから正しい」と信じている方もあるでしょう。でも、一生懸命でさえあれば正しいですか? 世の中には過労死する方も沢山ありますが、そのように死ぬくらい頑張っていれば誰でも正しいですか?


他にもそれぞれ、その人なりに親鸞会が正しいと信じる理由はあると思います。しかし、入り口の話さえ正しいと思えたなら、後は全て正しいのか。根拠を挙げて話せば正しいのか。死ぬほど活動していれば正しいのか。それとも、講師部員や先輩、周囲の会員が口を揃えて賛美するから何となく正しいと思っているだけなのか。答えは何となく分かっているという会員さんも少なくないと思いますが、教義や組織のやり方に疑問を持っている方はこの機会にぜひ考えてみて下さい。(つづく)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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