親鸞会会員の誤解―親鸞会でしか真実は説かれていない(3)

前回の続きです。「高森会長が話す人間のはかなさ、この世の無常などの話が正しいとしても、それが親鸞会教義全体が正しいという証拠になるか?」という問いを皆さんに投げかけていました。

中には薄々勘付いている会員さんもあるかと思いますが、答えは「証拠にはなりません」。

無常の話はあくまで無常の話であって、浄土真宗の教義体系とは別ものです。高森会長は無常などの世の真実を話した上で、時折り根拠を混ぜてもっともらしく教えを説くので、浄土真宗に疎い素人は騙されてしまうというわけです。

聖教の内容は読み誤りやすい。自己流に解釈するな。意味が判らなければ聞きなさい

という上からの指示も実に巧妙です。これによって会員は聖教の内容を自分で考えることをしなくなり、疑問に思うことがあっても質問したら大概丸め込まれてしまいます。その結果、親鸞会の邪義を存分に刷り込まれることになります。このように真実を一部取り入れた邪義を説いているため、その一部分の真実に惹かれて「正しい」と思ってしまうと、教義全体が正しいように錯覚、誤解、早合点してしまうのです。

この「一部分の真実」というのが、前回挙げた人間のはかなさ、命の短さ、この世の無常についてです。また『なぜ生きる』第一部にあるような、この世の幸せは続かないとか、欲を満たす喜び、仕事の喜び、愛する人との出会い、その他どのような趣味・生き甲斐・目標達成の喜びも、一時幸せでも続かないしキリがない、やがて老や病や死のために必ず崩れ去るといった話もそうです。他に、罪悪や煩悩に関しても正しい部分があります。こうした機の部分に関しては、邪義もあるものの概ね親鸞会で言われる通りと言っていいでしょう。

ところが、私達が阿弥陀仏に救われることに関して、すなわち救いの法という肝心かなめの部分については、勿論正しい解釈をしている所もありますが大部分は邪義だらけです。主要な教義に絞って見ましても、

・全ての人は死ねば必ず無間地獄に堕ちる
・全ての人は生まれながらにして五逆罪、謗法罪を造っている
・世の中に善人は一人もいない、全ての人は悪人である
・善をしなければ絶対に獲信できない
・白道は自力の求道心、信心
・19願の実践は必要
・定散二善や六度万行の実践は必要
・宿善の薄い者が、そのままで信心獲得はあり得ない
・宿善を積め、求めよ、厚くせよ
・獲信すると、逆謗の屍と必ず知らされる
・獲信すると、浄土往生することが火に触ったよりもハッキリする
・善知識に無条件服従せよ
・因果の道理を深信しなければならない
・三願転入しなければ蟻一匹救われない
・全ての人は19願から始めなければならない
・「聞く一つ」とは、聞いたこと(廃悪修善)を実践することを含む
・縦と横の線と人の図
・活動することで横の道を進み、縦の線に近づいていく


とまぁ実に沢山の誤りがあります。これに細部を合わせたらそれこそキリがありません。

親鸞会の教えは、一部分は正しいが教義全体で言えば邪義であります。ですから、人間のはかなさやこの世の無常といった機の部分はよく分かっても、救いの法の部分は矛盾点だらけでサッパリ分からないでしょう?

例えば現在只今助かると言われながら、相当求めても一向に横の道を進んだ気がせず、このままで助かるのか不安に思っている方はありますか? 極難信だからとか、方便が必要だとか、後生の一大事は人生賭けての最大事だとか色々理由をつけて救いを先延ばしにし、終いには臨終までに間に合えば万々歳、今生助からなくても遠生の結縁になればいいなどと考えている方はいないでしょうか? これは「現在只今助かる」は正しいのですが、高森会長が説く「横の道」が浄土真宗に存在しない、でっち上げの架空の道であるためです。

高森会長の教えに疑問を抱かず、諾々と従っている人は、『白骨の章』の話で言えば

・死は他人事であり、自分事と全く思っていない
・「人や先、人や先」としか思っていない
・明日死ぬとは全く思っていない
・いつかは死なねばならないとは思うが、腹底は永遠に死なないと思っている


人そのものです。「我や先」だと思えたら、今日明日にも死なねばならないと考えたら、白骨の章に書いてあることが「そうだ!」と分かったら、延々と信仰とやらを進めていってその先に救いが有るだか無いだか、有るとしてもそこまで自分が到達できるのかハッキリしない教えで満足できますか? 自分の命が今日一日しかないとしたら、その24時間の間にどれだけの善をして信仰が進んで助かるというのでしょうか? まして現在只今助かりますか? 答えは自ずとハッキリしてきます。親鸞会の教えで私は助からないと。それで私も、この人だけは辞めないだろうと思っていた先輩の退会をきっかけとして親鸞会から脱した一人です。

退会した当初は、それこそとくよしみねさんのこの記事にあるような気持ちでしたが、本願力にお遇いすることができて本当に良かったです。必堕無間の呪縛からも解放され、後生は阿弥陀さまにおまかせして安心です。

親鸞聖人の教えに矛盾はありません。現在、ここにいる、このままの私を「助けるぞ」と仰せられる阿弥陀さまの誓いをそのまま受け容れるだけです。私を助ける手筈は阿弥陀さまが五劫永劫の願行を成就し整えられており、既に十劫の昔から招喚しておられます。それは「なんまんだぶ」となって私の元へ届いていますから、私としてはこの誓いの御名を素直にお聞きするのみです。確かに自力で他力を掴もうとかかっている内は分からないことも当然ありますが、大丈夫です。煩悩に穢れた私の言葉は不真実ですが、「我にまかせよ、必ず救う」と阿弥陀さまが真実の言葉で仰せられているのですから大丈夫です。必ず助かります。この際親鸞会の教義や組織、度重なる朝令暮改の無理難題に疑問を持っている方は、邪義だらけの高森教から脱して本物の浄土真宗を聞き、真実なる誓願を信楽して念仏して頂きたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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