親の願い通りに子供が笑うと、その笑顔を見て親は喜ぶ

秋去り春去り、末っ子の三女もじきに1歳になります。早い・・・

相変わらず母親や子供達には敵いませんが、三女もずいぶんとなついてくれるようになりました。眠いとか、腹減ったとか、不機嫌でない限りは抱っこしてあやせばたいてい喜んで笑います。親が一方的に子供に与え、子供から与えられるものは何もないように思いきや、その無邪気な笑顔を見るととても嬉しくなります。苦労が吹っ飛ぶというのはちと言い過ぎですが、ちゃんと子供の方も、知ってか知らずか親に幸せを返してくれているのだなと感じます。

当流の安心のおもむきをくはしくしらんとおもはんひとは、あながちに智慧・才学もいらず、男女・貴賤もいらず、ただわが身は罪ふかきあさましきものなりとおもひとりて、かかる機までもたすけたまへるほとけは阿弥陀如来ばかりなりとしりて、なにのやうもなく、ひとすぢにこの阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまゐらするおもひをなして、後生をたすけたまへとたのみまうせば、この阿弥陀如来はふかくよろこびましまして、その御身より八万四千のおほきなる光明を放ちて、その光明のなかにそのひとを摂め入れておきたまふべし。
(2帖目13通)

ちょうど親が「笑っておくれ」と子供に微笑みかけ、その願い通りに子供が笑うと、その笑顔をみて親が喜ぶように、「我をたのめ」という御親の願い通りに私達が弥陀をたのめば、阿弥陀仏は深く喜びましまして、たのむ衆生を八万四千の光明の内に摂取して決してお捨てになりません。弥陀をたのむとは、我々の小賢しい計らいや先入観を交えずに、「我にまかせよ、必ず救う」という阿弥陀仏の大悲招喚の勅命をそのまま聞き受け、仰せの通りに後生をおまかせすることです。また、阿弥陀仏は「名号を称える者を極楽へ迎える」と誓われているので、その誓いを計らいなく信じて念仏することです。

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(末灯鈔12)

「なんまんだぶせい」という願い通りに私達が「なんまんだぶ」すると、「よう称えてくれた」と阿弥陀仏は深く喜ばれるのです。仏恩報尽の念仏とはよく言われたものです。

なんまんだぶすると、親様は大層喜んで下さるのですから、なるべくお念仏するようにしたいですね。
なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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