すがる

末っ子の三女がよく私にすがりついてきます。まだ伝い歩きができる程度で、一人での歩行はできないため、ハイハイでこちらに近づいてきては手を伸ばして私にすがりつき、抱っこを要求しているような感じです。トイレで用を足している時もやってくるため、「このタイミングで抱っこは厳しいよ~(´;ω;`)」ということも・・・

赤ちゃんのこうしたすがりつくという行為、しかし力が足りないため、赤ちゃんの手の力だけでは自分の体重を支え切れずに落ちてしまいます。また、にぎる箇所によっては赤ちゃんの力が邪魔をしてこちらも楽な姿勢で抱っこができないということもあります。自分にすがってくるのは嬉しいのですが、やはり親としては、赤ちゃんに力を抜いてもらって、素直にそのまま親にまかせてもらった方が楽に抱っこできます。それと、おむつ交換や着替え、食事など、子供が嫌がって勝手に動き回られると遅々として進みません。無理矢理やるとますます嫌がって、親が思う通りにできません。特に大の方は放っておきますと肌がかぶれてしまいますし、汚れたり濡れたりしたら着替えもマメにしないと体調を崩す原因にもなります。きちんと食事を摂るのも健康・成長のために必要なことなのですが、子供には智慧がないため分からないのでしょう。まぁ自我の表れとして成長を喜ぶ半面、これらもやはり、素直にそのまま親にまかせてもらった方が煩わしくなくて助かります。


この「すがる」ということで思い出されるのが、「御袖」「御袖すがり」の御文章です。

『蓮如上人の『御文』を読む』五帖目第十二通 御袖すがり

には現代語訳付きで載っていますのでご覧下さい。

いまのごときの諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、弥陀にかぎりてわれひとりたすけんといふ超世の大願をおこして(2帖目8通)
阿弥陀如来こそひとり無上殊勝の願をおこして、悪逆の凡夫、五障の女質をば、われたすくべきといふ大願をばおこしたまひけり。(4帖目3通)

ですから、諸神諸仏に心をかけず、自余の万善万行を差し置いて、専ら阿弥陀仏一仏のみに、念仏一行に依らねば我々が後生助かる道は他に二つも三つもありません。しかしながら、

ひとすぢにこの阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまゐらするおもひをなして

とあるからとて「助けて下さい」とすがりかかっても、その両の手では自己の罪悪の重さを支え切れずに沈むのみです。また、念仏を自分の善根として捉え、これを称えた功徳によって後生助かろうとするのも悪い自力の企てであり、これでは報土往生はかないません。自力の心ですがっていても、我々には浮かぶ力は無いのであります。ではどうするのかというと、それが次の

後生をたすけたまへとたのみまうせば

です。これも甚だ誤解が生じやすいところですが、要は

われひとりたすけん
われたすくべき

という超世の大願を、小賢しい凡夫の浅知恵を差し挟まずにそのままお聞きし、仰せの通りにおまかせしてしまえばよいのです。阿弥陀仏の八万四千の光明の中に抱き取られて、身も心もすっかりゆだねてしまえばよいのです。これが、「後生たすけたまへと弥陀をたのむ」ということです。念仏は阿弥陀仏が五劫の間思惟し、永劫の間修行して成就された選択本願の大行ですから、念仏一行を往生行にするということは正しく阿弥陀仏のお心にかなった行業なのです。彼の仏願に順ずるから称名を正定業というのです。これを凡夫の方で持ち替えて、念仏を称えるという自分の行為、称えた行為による功徳で助かろうとするのであればそれは悪い自力の心であって助かりません。あくまで名号願力によって助けられるのであり、そのお力を疑い無く受け容れたのが信心、それが口に出たのが称名念仏であって、我々の力が加わる隙は微塵もないのであります。

阿弥陀仏は「助けるぞ」「我にまかせよ」と真実の言葉で仰せなのですから、こちらの下らない詮索や先入観は捨てて、お言葉の通りに助けられたらいいのです。おまかせしてしまえばよいのです。阿弥陀さまがお連れ下さるその先がたとえ地獄であろうと、我々の業からして元々地獄なのですから文句の言い様がないでしょう?

我々の往く先? そんなことは阿弥陀さまに聞いたら早う分かります。兎にも角にも、我々は本願におまかせするばかりです。これが自力を捨てて他力に帰するすがたであります。

かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。
(中略)
さればただ地獄なりといふとも、故聖人のわたらせたまふところへまゐらんとおもひかためたれば、善悪の生所、わたくしの定むるところにあらずといふなりと。これ自力をすてて他力に帰するすがたなり。
(執持鈔)

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。



【参照】
安心論題/正定業義

なんか締めが林遊さんみたいになっちゃいましたが、まぁいいでしょう(;^ω^)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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